二次元アイドルオタク三十路崖っぷち

二次元アイドル大好きだけど最近メンヘラ気味の鬱気味日記

叔母さんの話

 

 

今日急に前から癌で危なかったけどとうとう危ないと連絡が来て少し遠い病院へ。

 

ママンヌ(離婚してるけど)が親切にしてもらったから連絡して一緒の車で向かった。

 

病院に案内されて衰弱した姿を見たらいろんな思い出を思い出して泣いてしまった。

 

 

私の実家は本家と近くて、本家にはおじいちゃんおばあちゃん、父の兄夫婦が住んでいて、共働きだったから、保育園からおばあちゃんが送り迎えの時はよくおばあちゃんの家でお世話になってた。従兄弟は年が離れていたので上はもう中学生とか小学生とかで、遊ぶ相手は居なかったけど、ひとり遊びしたりしてたのを覚えている。

叔母ちゃんは笑顔が素敵で、会いに行くといつも楽しそうに歓迎してくれて可愛がってくれた。

 

私が中学生になって、グレ始めた時があって、そん時に呼ばれたのを今でも思い出す。

叔母ちゃんは私に怒ったけど、最後の方は「〇〇ちゃんはお兄ちゃん(知的障害)の面倒をよく見てくれて、小さいながらもお兄ちゃんの手を引いて小学校につれて行ってたね。とても偉かったよ」って言われたら私の家では当たり前だったし、誰も褒めてはくれなかったけど、叔母ちゃんだけはめっちゃ褒めてくれたのがほんとに嬉しかった。

 

だから介護の仕事に就こうって決めたのかもしれない。

 

誰かの役に立ちたいってゆうきっかけだったかもしれない。

 

たまに本家に行くと、私の話を親身に聞いてくれて、ほんとに私は従兄弟なのに自分の子みたく可愛がってくれたし、よくしてくれた。

 

その事を思い出すと涙が止まらなかった。

 

兄のこともすごく親身にしてくれて、知的障害だけど、嫌味も言わず、絵の才能があって、個展を開いた時はほんとにうれしそうで、わが子のように自慢をしたって言ってくれて私達兄妹を受け止めてくれたのが嬉しかった。

 

癌だとわかったのは結構前だけど、去年のおじいちゃんの1周忌でも元気そうで、治療中で体がしんどくても会いに行くと笑顔で話して元気そうだった。

 

もう少し元気なうちに会いに行けたらなって思った。

 

もう過去には戻れないけどまだ生きてるうちに会えてよかった。

 

叔母ちゃんにはとても良くしてもらって、いろんな思い出があった。

だから亡くなるのが惜しいくらい…

 

涙が止まらないです。

 

 

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